メシと道草

管理人みーるが書きたいことを書きます。

2022.6.18

日記

今日はもやもやの1日だった。

別に他人に期待してはいないけど、褒められたいわけではないんだけど私だって貶されたいわけでもないから、ああ、生きていくことは地獄なんだと思った。

 

嫌いな人の言動は知能と自制心がない人なら、大抵が嫌に見えるものだ。私は相対的に見て社会不適合者だけど知能が人よりあるからちょっとだけ生きづらい。

鬱だってカミングアウトしても、今は精神科に行かない雰囲気鬱の被害者病が流行っているから(いわゆる非定型鬱)、本当に鬱病だった私にはちょっぴりだけ世界が厳しい。

 

自称鬱病のせいで本当の鬱が厳しいなんて、投薬治療中の鬱病患者にとっては常識なんじゃないか。産業医だって本当ならちゃんと自立支援を取らせるようにしてほしい。

 

人間が嫌いだなんていう中二病ムーブは大人になるとイタイっていうけど、そうやって拒絶していないとマイノリティの私は傷つくだけだ。誰も本質的には私のことを理解できない。社会的生存能力が人並みにあるからといって、歩み寄ることはしてくれない。私に歩み寄れというけど、十分やってるのにな。

 

最近ショックだったのが、店員の私には横柄な態度をとる異常者のおばあさんが、隣の椅子に私服で座った時には普通だったこと。ちょっとだけ絶望した。

人を選んでいるんだなあ、そんなの当たり前なんだけど、私は社会から如何に自分がズレているかと思い遣ってしまった。

 

俺の授業で寝るなと説教された後に、その他の全授業で寝ても怒られないのは理不尽だし、当時の私は自殺を考えたのに大学に合格したら恩師気取り。

絶対生まれてこない方が良かった命だし、我が強いのではなく(社会ではそれを我が強いというが)多分不器用なだけだ。

 

狂人なのに普通の言葉でしゃべるのは疲れた。それが他の異常者より少しだけうまいだけなのに普通にできると思われて自立支援の受給者証だって効力を為さないのが嫌だ。

 

今日も薬のおかげで暴れずに済んでいて、昨日も泣かずに済んでいて、衝動よりも恐怖心が優ったおかげで手首は洗濯板じゃないけれど、自分の言葉くらいは自分の中にはあってもいいなと思った。